Je te rends ton amour / Mylène Farmer 解説(4)



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1.「ゴーギャン」と「シーレ」について(その4)

 <1番Bメロ後半の歌詞原文と筆者訳>
 Tu voyais l'âme
 Mais j'ai vu ta main
 Choisir Gauguin
 あなたは 魂見てた
 けれども その手は今
 ゴーギャンを 選んでた

 <エンディング後半の歌詞原文と筆者訳>
 Et je reprends mon amour
 Redeviens les contours
 De mon seul maître : Egon Shiele…
 だから 私に愛を返そう
 輪郭に 戻りなさい
 わが唯一の巨匠 エゴン・シーレの線に…

さて、この歌詞にはもうひとつ仕掛けがありまして、実は、歌い手ミレーヌ・ファルメール自身の私生活を連想させるように書かれているのです。

ご存知ない方のために、この曲が発表された 1999 年までの彼女の略歴をごく簡単に紹介しておくと…。

ミレーヌの歌手デビューは、1984 年(当時 23 才)。きっかけは、同い年の新人ソングライター、ローラン・ブトナのオーディションでした。ローランは当時、自作曲「Maman a tort」を歌う女性歌手を探していたのです。


(左:ローラン・ブトナ 右:「Maman a tort」ジャケット)

このデビュー曲は 10 万枚の小ヒットとなり、ミレーヌとローランは以後、二人三脚で成功への階段を上ってゆく事となります。多才なローランはプロデューサー、兼、作曲家、兼、ビデオクリップ監督、兼、ステージ監修を務め、ミレーヌは作詞と、振付と、もちろんパフォーマンスを担当しました。

こうしてこのコンビは、1985年から1992年にかけて次々にヒット曲を量産します。


(1st アルバム「Cendre de lune」。1985 年リリース。売上 50 万枚)


(2nd アルバム「Ainsi soit je...」。1988 年リリース。売上 150 万枚)


(3rd アルバム「L'autre」。1991 年リリース。売上 180 万枚)

なお、当時の彼らは「コンビ」だけでなく、「カップル」でもあったようです。



ところが 1993 年に入ると、2人の蜜月関係に翳りが見え始めます。原因は、前年の末にクランクインした、ローラン・ブトナ監督/ミレーヌ・ファルメール主演の映画「ジョルジーノ Giorgino」でした。


(Giorgino ポスター)

あまりにハードな撮影のため、監督と主演女優の間で口論が絶えなかったこの映画は、1994年に公開されるとまさかの興行的失敗!ローランは映像作家としての自信を失います。

結果、ローランはミレーヌのビデオクリップ監督を降板し、ミレーヌは単身渡米して生活の拠点をロサンゼルスに移す事となりました。

こうしてコンビ存続の危機が噂された2人ですが、音楽活動での共同作業は続いていて、1995 年には4枚目のスタジオアルバムを発表し、ファンを安心させています。


(4th アルバム「Anamorphosée」。1995 年リリース。売上 130 万枚)

しかしながら 1997 年、再びコンビの危機が囁かれます。何と、これまでミレーヌの専属プロデューサーだったローラン・ブトナが、別の女性歌手をプロデュースしたのです。

彼はキューバのシンガーソングライター、カルロス・プエブラが1965年にキューバ革命の英雄チェ・ゲバラに捧げた歌「アスタ・シンプレ Hasta simpre」のリメイクを企画し、この歌を原語のスペイン語で歌える女性歌手を探しました。

そうして白羽の矢が立ったのが、スペインとフランスのハーフ女優ナタリー・カルドンです。


(ナタリー・カルドン「Hasta simpre」)

ローランはナタリーのため、久々に映像作家に復帰し、ビデオクリップの監督を務めました。



さらに、彼女のために、音楽出版社を設立したり、自分が所有するアパルトマン(彼は副業で不動産会社を経営していました)を貸したりしています。

こうしてナタリーの「アスタ・シンプレ」は大ヒットし、ローランは引き続き彼女の 1st アルバム「Nathalie Cardone ナタリー・カルドン」もプロデュースする事となりました。彼はこのアルバムに4曲、楽曲を提供しています。


(ナタリー・カルドン「Nathalie Cardone」1999年リリース)

…で、ナタリーのアルバムと同じ 1999 年にリリースされたのが、この Je te rends ton amour が収録されたミレーヌのアルバム「Innamoramento」なのです。


(5th アルバム「Innamoramento」。1999 年リリース。売上 110 万枚)

「シーレ」と「ゴーギャン」が、誰と誰とを連想させるように書かれているのかは、もうお分かりですよね?

ミレーヌの歌は 100% 曲先で書かれているらしいのですけど、もしこの歌の歌詞の内容が、当時の彼女の実際の心情を反映しているとしたら…。

この作詞家は結構イイ性格をしているなぁ…と、訳しながら思ってしまいました(笑)。

なお、後で知った話ですが、この曲は元々、ローランがナタリー・カルドンのために書いて没になった物だそうです。ウーン、作曲家も結構イイ性格をしているかも…。(^_^;

参考資料:
ミレーヌ・ファンサイト「Âme stram gram」のローラン・ブトナ紹介ページ
ファンサイト「Autopsie de Laurent Boutonnat(ローラン・ブトナ解剖)」の「Laurent qui?(ローランって誰?)」

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