Je te rends ton amour / Mylène Farmer 解説(5)



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2.「エコルシェ」と「立っている裸婦」について

 <2番Aメロ前半の歌詞原文と筆者訳>
 M'extraire du cadre
 La vie étriquée
 D'une écorchée
 額縁を 抜け出そう
 窮屈な 人生の
 エコルシェには 疲れた

 <1番サビ後半の歌詞原文と筆者訳>
 Je te rends ton amour
 Au moins pour toujours
 Redeviens les contours
 "La femme nue debout"
 あなたに愛を返そう
 少なくとも 永久に
 輪郭に 戻りなさい
「立っている裸婦」のままで

 <2番Bメロ後半の歌詞原文と筆者訳>
 Je serais "l'Unique"
 Pour des milliers d'yeux
 un nu de maître
 ならば「孤高」となろう
 幾千の眼に留まる
 裸体画の傑作に

これまで見てきたように、この歌詞には「絵画」の縁語が多用されています。「額縁」、「画布」、「裸体画」もそうですが、écorchée(エコルシェ)もそのひとつ。

これは、絵画や彫刻において、骨格や筋肉の付き方がわかるよう、皮を剥いだ状態で表現されている(ここでは女性の)人体解剖図の事なのだそうです。


(レオナルド・ダ・ヴィンチによるエコルシェ)

ただし、歌詞ではもうひとつの意味、「(皮を剥がれたように)神経をピリピリさせている女」との掛詞になっていますので、ご注意ください。ちなみに本解説の冒頭で紹介した「ル・フィガロ・マガジン」のインタビューで、私が「神経を尖らせた女性」と訳した部分も、原文は écorchée でした。

また、1番のサビの最後に登場する la femme nue debout(直訳「立っている裸の女」)も「絵画」の縁語で、デッサンなどのタイトルによく使われる言葉。日本語では「裸婦立像」とか「立っている裸婦」と言います。

ちなみにミレーヌのファン・マガジン「MFマガジン」の12号は、la femme nue debout のクレジットを入れて、シーレの「黒い髪の少女の裸像」(この絵のフランス語タイトルは、「黒い髪の立っている裸婦」la femme nue debout, à la chevelure noire のようです)を掲載しています。


(シーレ「黒い髪の少女の裸像」)

しかしながら、歌詞の中で「ならば『孤高』となろう/幾千の眼に留まる/裸体画の傑作に」と決意しているのは、あくまでもミレーヌファルメール本人を連想させる「私」なのですから、わざわざ彼女とは似ても似つかぬ黒髪の少女の絵を想定するのは、いかがなもんでしょう…?

と、いう事で、ここでシーレ作の赤い髪の「裸婦立像」を幾つか載せておきましょう。


(左:個人蔵 中:ミュンヘン ノイマイスター・オークションハウス蔵 右:ウィーン レオポルト美術館蔵)

とはいえ、もしかすると、ここは特定の作品を想定する必要はないのかも知れませんね。そもそも「裸婦立像」は、人体デッサンの基本中の基本ですから。

そこで今回は、「初期の習作デッサンだったのに、『あなた』と過ごすうち、いつのまにか『色』が着けられてしまった『私』」という解釈で訳してみました。

とは言え、この歌は一見、男女の別れをテーマにしつつ、「これまで一緒にやって来たアーチスト同士の訣別」を歌っているとも読めるわけで、しかも la femme nue debout は、訣別の決定的な原因、すなわち、「あなた」の新しいミューズと解釈できなくもありません(その場合、「輪郭に戻りなさい」は「嫉妬の対象でなくなるがいい」くらいの意味でしょうか?)。

だからMFマガジンの説も、なかなかに捨て難いものがあります。ナタリー・カルドンは、「黒い髪の少女(ちょっとトウが立ってますが…)」でしたからね(笑)。

Ecorche.jpg
(ナタリー・カルドン「アスタ・シンプレ」)

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