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Agnus dei / Mylène Farmer 解説(2)



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2.「放血」と「終油」について

さて、この歌詞の各パラグラフは2つに分かれており、De mutilation (切断から) で始まる前半の2行は、生贄にされる「神の小羊」の描写となっています。

 <1番前半の歌詞原文と筆者訳>
 De mutilation
 En soustraction
 切断から
 放血まで

ここに登場する soustraction は、本来「抜き取り」の意味なのですが、ある方から訳出中に「血抜き」の事ではないかと指摘いただいた単語です。なるほど、私の手持ちの辞書には載っていなかったのですが、そう考えると歌詞の内容とピッタリ符合しますね。

試しに soustraction de sang (直訳:血の抜き取り) をキーワードに、Yahoo 検索してみたところ、これを訳していた当時 (2000年頃)、6 件のページがヒットしました。用例は少ないですが、確かにこの単語は「血抜き」を意味する際にも使われるようです(なお、2014 年の現在は 1,860 件のページがヒットしています)。

ただし、当時ヒットしたページは (そして現在も、リストアップされたページの最初の 10 数件を見る限り)、すべて医学関連のもので、残念ながら食肉加工に関するページは確認できませんでした。

そこで次に調べてみたのが、ユダヤ教の食の戒律「コーシェル」。旧約聖書の「レビ記」に基づくこの戒律は、パブテズマのヨハネの時代から現在に至るまで、厳格に守られているのです。

それによると、食用にする家畜は鋭い刃物で頸動脈を一息に「切断」し、屠殺後は肉を、完全に「血抜き」しなければならないとの事でした。

やはりこの場合の soustraction は、「血抜き」と考えて良いでしょうね。拙訳では、屠殺関連の日本語サイトを幾つか当たり、より専門用語的で使用頻度の高かった「放血」としています。

 <2番前半の歌詞原文と筆者訳>
 De mutilation
 En convulsion
 切断から
 痙攣(けいれん)まで

 <3番前半の歌詞原文と筆者訳>
 De mutilation
 En génuflexion
 切断から
 跪拝(きはい)まで

さて、頚動脈の「切断から放血」を経て、「痙攣」を始めた「神の小羊」の、次なる運命は génuflexion (跪拝)。これはキリスト教用語で、祈りのために右ひざを地面に付けてひざまずき、胸の前で両手を合わせるしぐさを指します。


(跪拝)

ただしこの歌の場合は、息絶えた小羊がうずくまった姿を、祈りのポーズに見立てているのかも知れません。悪趣味な見立てですが…(笑)。

 <4番前半の歌詞原文と筆者訳>
 De mutilation
 En extrême onction
 切断から
 終油まで

こうして「神の小羊」は、とうとう絶命するわけですが、それを暗示するのが、これまたキリスト教用語の extrême onction (終油)。

「終油」とは、臨終の際に行なわれる秘蹟(カトリックの信徒が行わなければならない一連の宗教的儀式)で、信徒の手、足、額などに、司祭が祈りの言葉を唱えながら聖油を塗る事を指します。これにより、死者はすべての罪を許され、確実に天国に行けるとされていました。

なお、この終油は、現在では病気の信徒の健康回復を祈る目的でも行なわれるようになり、名称も「病者の塗油」に変わっているそうです。

参考資料:
出版社ミルトス「ユダヤ教 ━ ユダヤ教の食事規定『コーシェル』」
ローマ・ミサ典礼書の総則(暫定版) - カトリック中央協議会
トロント大司教区におけるミサの祭壇奉仕と関連事項(英語)
八木谷涼子「知って役立つキリスト教大研究」新潮OH!文庫

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