Libertine / Mylène Farmer 解説(2)



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2.「不幸」と「美徳」について

さて、この歌詞の冒頭には、ある文学作品の「暗示」というか「ほのめかし」が含まれています。

 Entre mes dunes reposent mes infortunes
 C'est nu que j'apprends la vertu
 私の双丘(さきゅう)の 狭間には不幸
 裸のままの 美徳学習

各行の最後の言葉にご注目!繋ぎ合わせると、マルキ・ド・サド(1740-1814) の小説「美徳の不幸」 Les infortunes de la vertu (1787) のタイトルになるのですよ。

「美徳の不幸」とは、どんな逆境にあっても美徳を守り通そうとする孤児の美少女ジュスティーヌが、かえってそのために、悪徳信奉者から弄ばれてしまうという、皮肉な物語です。

サドはこのプロットがお気に入りで、その後 、「ジュスティーヌまたは美徳の不幸」Justine ou les malheurs de la vertu (1791)、 「新ジュスティーヌまたは美徳の不幸」 La nouvelle Justine ou les malheurs de la vertu (1797) という2本のリメイク作品を残しました。

さらに「新ジュスティーヌ」の続編として、「ジュリエット物語または悪徳の栄え」Histoire de Juliette ou les Prospérités du vice (1801) を書いています。

これら一連の「美徳の不幸」シリーズには、詐欺、暴行、窃盗、放火、殺人、拉致監禁、生体解剖など、とにかく、ありとあらゆる「悪徳」が描かれているのですけれど、サドが最もページを割いているのは、もちろん libertinage (淫蕩)。

と言うよりも、むしろそれ以外の悪徳はすべて、淫蕩に風味を添える《スパイス》として位置付けられているのです。ウーン…。さすがサディズムの語源になった作者だけの事はありますな。(^_^;)

さらにこの「淫蕩」。現代の日本人が普通にイメージするものとは、いささか趣が違っていまして、メインはアナル・セックスとフェラチオなのです。

いわゆる一般的な方は、「産めよ育てよ地に満てよ(旧約聖書『創世記』)」というキリスト教的美徳につながるためか、作中ではひどく冷遇されているのですよ。

それ故、悪徳信奉者の多くは、両性愛者または同性愛者として設定されていますし、「産めよ育てよ…」の結果とも言える子供や妊婦は、ひたすら迫害される対象となります。

このような作品のタイトルがほのめかされているとすれば、 Libertine の歌詞のあちこちに点在する意味深な暗喩 (それ自体、サドの文体のパロディを思わせるのですが) についても、同様の解釈を施す必要がありそうですね。先ほど引用した

 Entre mes dunes reposent mes infortunes
 私の双丘(さきゅう)の 狭間には不幸

や、Cメロのブリッジ部分の

 Quand de mes làvres tu t'enlèves, un goût amer
 私の唇を去る あなたは苦い味で

あたりは、ご想像がつくと思いますけど、2番冒頭の

 Fendre la lune, baisers d'epine et de plume
 月を裂き 棘と羽根のキス

も、やはりそれでした。

lune (月) と epine (棘) と plume (羽根) は、スラングでは、それぞれ「お尻」、「ペニス」、「フェラチオ」という意味になるのですよ。

※なお、MYLENE FARMER MAGASINE 7号掲載の Libertine 歌詞分析では、マルキ・ド・サドにこそ言及していないものの、やはりこの歌には sodomisme(男色と、肛門性交の両方の意味がある) の暗喩が含まれていると書かれていました。

<参考資料>
河出文庫 サド著 澁澤龍彦訳「美徳の不幸」
岩波文庫 サド著 植田祐次訳「ジュスティーヌまたは美徳の不幸」
河出文庫 サド著 澁澤龍彦訳「新ジュスティーヌ」

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