Allan / Mylène Farmer 解説(1)



訳詞 + 原文を新しいウィンドウで開く

1.「哀れなる 人形(パペット)」について

 Pauvres poupées
 Qui vont qui viennent, Allan... Allan...
 哀れなる 人形(パペット)が
 ここかしこ行き交う アラン… アラン…

タイトルやAメロのリフからもわかるように、この歌はエドガー・アラン・ポオ(1809-1849)の作品世界がテーマ。中でもはっきり引用が特定できるのは、サビの最終部分の

 L'étrange Ligeia renaît en moi
 De tout mon être je viens vers toi!
 異質なリジーアが 私の中でよみがえり
 私のすべては あなたへと向かいゆく!

に登場する「リジーア」 Ligeia(1838) です。これは、主人公「私」の病死した妻リジーアが、やはり若くして死んだ後妻ロウィーナの亡骸を借りて復活するという怪奇小説なんですよ。

この物語の前半のクライマックスは、リジーアの絶命シーン。重い病の床についた彼女は、数日前に自分が作った詩を「私」に暗誦して欲しいとせがみ、それを聞き終えた直後に息を引き取るのです。

後に「勝利のうじ蟲」 The Conqueror Worm(1843)の題名でポオ自身の詩としても発表されるこの詩の一部を、ここで引用してみましょう。

 Mimes, in the form of God on high,
 Mutter and mumble low,
 And hither and thither fly --
 Mere puppets they, who come and go
 At bidding of vast formless things
 That shift the scenery to and fro,
 Flapping from out their Condor wings
 Invisible Wo!
 道化ども、天なる神の型に造られ
 細々と、またもぐもぐと低く呟き、
 そこかしこ飛び行けり--
 パペットに過ぎぬ身の、彼らは行き交う
 命ずるは、形なき巨大なる物
 そが、あちこちに舞台を移し、
 ハゲタカの翼より放ちゆけるは
「目に見えぬ苦悩」なり! (筆者訳による)

続いて紹介するのは、ミレーヌ・ファルメール・ファンには L'horloge の作者としてお馴染みの、シャルル・ボードレール(1821-1867)による同じ詩の仏語訳。ボードレールは、ポオの作品を翻訳してフランスに紹介した事でも有名なのです。

 Des mimes faits à l'usage du Dieu très-haut,
 Marmottent et marmottent tout bas,
 Et voltigent de côte et d'autre ;
 Pauvres poupées qui vont et viennent
 Au commandement de vastes êtres sans forme
 Qui transportent la scène ça et là
 Secouant de leurs ailes de condor
 L'invisible malheur !
 道化ども、天なる神の為に造られ
 細々と、また細々と低く呟き、
 そこかしこ飛び行けり。
 哀れなる人形の、彼らは行き交う
 命ずるは、形なき巨大なる物
 そが、あちこちに舞台を移し
 ハゲタカの翼より振るい落とすは
 目に見えぬ不幸なり!(筆者訳による)

4行目にご注目ください。ミレーヌは Allan の歌詞の冒頭で、ボードレール訳による「リジーア」の作中詩を、一行丸ごと引用していたのですね。

ところで、ボードレール訳では、オリジナルの Mere puppets (単なる操り人形)が、Pauvres poupées (哀れなる人形)になっているのに、お気づきでしょうか?ボードレールのポオ訳には、しばしばこういう事があるのだそうです。

翻訳家の青山南さんは、エッセイ集「ピーターとペーターの狭間で」で、フランソワ・トリュフォー監督の著作「ある映画の物語」を引用しながら、ボードレールのポオ訳を "離れ技" と評していました。

ボードレール訳でポオを読んでいたトリュフォー監督は、映画「華氏497度」のラストシーンに、「ベレニス」という作品の一節を、どうしても原語で引用したかったのだそうです。ところが、ポオの原書のどの版を見ても、該当するフレーズは出て来ませんでした。

よくよく調べてみると、ボードレールの訳は「ポオの加筆も削除も全部取り入れた独特の混合体で、その結果、ポオのどの原語版にもない文章が入っている」事が判明したのだそうです。仕方なくトリュフォー監督は、ボードレールの訳文を "英訳" させて、映画で使用したんですって(笑)。

でも、この "離れ技" のおかげで、ボードレールの仏語訳は現在、ポーのテキストを研究する上で格好の資料となっているそうですから、世の中何が幸いするかわからないもんですねえ…。

<参考資料>
ちくま文庫 青山南著「ピーターとペーターの狭間で」
新潮文庫 阿部保訳「ポー詩集」
創元推理文庫「ポオ全集1」
Legeia 原文(バージニア大学 American Studies より)
「勝利のうじ蟲」ボードレール訳

解説の続きへ
関連記事
スポンサーサイト

comment

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackback

trackbackURL:http://fairelabombe.blog.fc2.com/tb.php/186-0465fcc4